「生存本能ヴァルキュリア -A STORY of the FIVE GIRLS and “SHE”-」

(一部、音声入力で記述したところがありますので誤変換があるかもしれません。いずれ修正しますので、ご容赦ください;)

(とりあえずスピード重視で体裁・書式触っておりません、いずれきちんと整形します、読みにくくてすみません…)

ボーカル yonaさんと一緒に、アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージより作曲渡辺千恵さん、作詞朝倉道さんの生存本能ヴァルキュリアを原曲にアレンジ、制作させていただきました。

この楽曲はその背景から非常に面白いのですが、歌うことになったキャラクターたちも、そしてキャラクターを演じる声優さんたちも、「これは本当に私/このキャラの楽曲なんだろうか? 間違いでは?」と思っておられたようです。

高森愛子ちゃんを演じる金子さん曰く、同作品に登場する中二病系アイドル、蘭子ちゃんと間違えられてはいないかと事務所に確認するほどであったとか。

ゲームのコミュ(ストーリー)の中でも、どうして私たちはこの曲に開ばれたんだろうと不思議がるシーンもありました。

何しろ、生存本能ヴァルキュリアの原曲はそのタイトルに違わずなかなかに激しめな曲。それを歌うことになったキャラクターたちは、しっかり者のお姉さん、大人しめの読書好き、自立した大人に憧れる小学生、無類のお花好きに、ゆるふわ系女の子、という顔ぶれ…

普通ならゆったり系のバラとかかわいい系のポップな曲を歌っていそうな面々です。

しかし、そんな彼女たちにこの曲を与えられたことこそ、この物語とこの楽曲の愛おしく面白いところでした。

彼女たちに説明された、選別の理由は非常にシンプルで、女神らしい、というものでした。

彼女たちはこのコミュの中で、自分にとって女神とはなんだろう、この楽曲にどう向き合おう、そして生き残る、戦うとはどういうことだろう…とかんがえていくことになります。

できれば実際にゲームをプレイしていただき、コミュを読んで楽しんでいただきたいので、ネタバレはせいぜい百科事典サイトに掲載されている程度にしておきますが、少なからずキャラクターが導き出した答えなどに触れていますので、未プレイで今後プレイされる可能性のある方は読み飛ばしていただけると幸いです。

 

ユニット「アインフィリア」

新田美波

ユニットのリーダーを務める新田美波は、おそらくは多くのアイドルが認めるであろうしっかり者のお姉さんキャラで、守備範囲は広く文武両道でリーダーシップのスキルも兼ね備えた大学生。

そんな彼女のプロデュース・コンセプトは「ヴィーナス」で、文字通り女神に例えられたプロデュースがたくさんなされています。その一方で本人としては、今回のユニット名を戦の女神である「ヴァルキュリア」と呼んでしまうのは気が引けると言い、戦士の側の名称である「アインフィリア」を選択するようなタイプで、周りからの評価と自分の評価には乖離がある様子。

そもそも彼女は、生まれつき能力値の平均が高いように見えても、決して天才タイプではありません。特技欄に資格取得の文字が座っていることからわかるように、むしろ地道な努力を重ねて一つ一つ自分のものにしていくタイプの人です。

ある意味それはそれで才能かもしれませんが、彼女はそのようにしていろんなことにチャレンジし身に付けて行く一方、本当に夢中になれる何かを探し続けていたようです。

そんな中プロデューサーにスカウトされアイドルデビューを果たし様々な経験を経ていくわけですが、彼女は楽曲の中で登場する戦う少女たちをアイドルである自分たちになぞらえ、オーディションやステージで生き残っていきたいとの願いを露わにします。

まさに王道とも言える楽曲との向き合い方で、美波らしいとも思えますが、同時にやりたいことを探し回っていた彼女が“この世界で生き残っていきたい”と言う願いをあらわにしているのは、プロデューサーとして胸が熱くなるのではないでしょうか。

鷺沢文香

時間があればいつでも本を開き、直前に読んだその書の内容に思いを馳せる、自他ともに認める読書好きの鷺沢文香。

彼女自身、美波と似て自己評価が高いタイプではありません。書の世界で彼女の言う“止まった”ような時間の中でたゆたっていたところを、プロデューサーに手を引かれて外に出てきた女の子です。それゆえ、

――プロデューサーが自分に白紙の1冊の本をくれた

――私自身の物語で満たすべき

――その最終ページに辿り着きたい

と語ります。

藍子は文香に「文香さんの頭のなかには文字がたくさん詰まっている」と述べますし、憧れの眼差しと共に「その知識は尊敬に値」すると後輩に語られることもある彼女。

しかし彼女自身は、「とんでもありません。たまたまそのような書物を読んだことがあるというだけですから」と丁寧ながらも一蹴します。

そんな彼女ですから、今回のヴァルキュリアで“まさに女神に相応しい”と評価されても、「その自覚はない」と言い、歌に関しても「私で良いのだろうかと思った」という反応でした。

それでも「何にでも、学ぶことはできるものです」と語りこの楽曲に挑んでいった彼女は、コミュの最終話で自分が突き動かされたものを明らかにします。

橘ありす

ユニット内最年少の橘ありす。自分の「ありす」という名前に深いコンプレックスを抱いている彼女は、誰よりも“大人”や“一人前”に見られることに強いこだわりがあります。

物語がはじまって、誰よりも真っ先に“戦って”いたのは彼女のように思えます。コミュのプロローグの時点で、憧れの先輩達や今まであまり接したことのないお姉さんアイドル達に囲まれ、自分という存在も彼女達と肩を並べるものであろうと精一杯背伸びする様子が描かれていました。本当に愛おしい。

彼女はよく「かわいい」と言われます。物語の中でも、藍子をはじめよくかわいいと称され、そのたびにやめてください、子供扱いしないでください、一人前として扱ってください、と訴えかけます。

その一方で、物語が進むにつれ、自分がなぜここに呼ばれたのか、女神としてふさわしいとはどういうことか――それを掴んでいきます。

その結果、彼女は物語の最後で“本当の気高さ”を手にしたと評されるようになりました。

相葉夕美

お花好きアイドルで有名な、相葉夕美。彼女はいつも明るく元気で前向き。ガーデニングが大好きで、お世話をしたりするのも得意なため、ちょっと頼りになる一面もあります。その一方で、やや甘え上手で小悪魔的な部分もあれば、恋心をおちょくられて赤面することもあるかわいい子。

そんな彼女ですから、今回の楽曲が割り振られた時点で大いに驚いた一人だったようです。

しかし彼女は、ただお花好きの明るい女の子、というわけではありません。花を育てるということは、生命を扱うことであり、咲いて散ることの厳しさや品種各々にある強い個性を丁寧に扱う必要性をよく知っているということ。

相葉夕美という女の子は、“自分が自分らしく”あることに強い想いを咲かせる女の子です。

“演じるのは苦手” “いつも同じ自分でいたいって思っちゃう”というのは彼女の言葉。

その一方で、お花好きで明るいというイメージが大いに先行するせいか、「過保護な人もたまにはいる」「ファンレターで『夕美ちゃんにはかわいいお仕事が似合います』って送ってきたり」と述べるように、やや苦労もしている様子です。

そんな彼女もありすと同じく、“戦っている”一人なのかもしれません。

高森藍子

「ゆるふわ系アイドル」「森ガール」と称される高森藍子。

“ファンのみなさんが優しい気持ちになれるような、微笑んでくれるようなアイドル”を目指す、と述べるように、彼女は実際にゆるふわ系の女の子です。

一緒にお喋りしているとすぐに時間を忘れてのんびりしてしまうその魔力は、いつもテキパキ仕事をこなす美波すら絡め取ってしまうほど強力で、危なくLIVEの時間に遅れるくらいでした。

でもそんな彼女だからこそ、今回の楽曲にはとても苦手意識を抱いた様子。

「どうしても緩んじゃう」「明るい曲や元気な曲が多かったから難しい」とこぼしていました。

実際彼女はそれほど自信があるタイプではなく、初期になればなるほどその傾向を露わにする様子がみられます。

しかし彼女は、キュート(愛らしさ)・クール(かっこよさ)・パッション(情熱)と3つある属性のなかで、パッションに割り振られています。

作中のコミュでは、ありすから“どうしてそんなに優しくできるのか”と尋ねられるシーンがありますが、彼女はいつものふんわりした雰囲気からは意外なことに、ノータイムでその理由を語りました。そして、誰かと誰かの距離感、というものを、意外によく見出していることが伺えます。

彼女の“優しく”あることは、意識的に行っていることで、強い芯のようなものであることが明らかにされた今回の物語。

彼女のゆるふわな優しさそれ自体、彼女が強く気高い特質を持っていることを示しているように思えます。

そしてそんな彼女は、今回の物語を通してこう語ることになります。

「きっと望んで戦う人ばかりじゃありません。やむを得ず戦った人たちの気持ちを、勇気のない私が演じられたら……!」

「覚悟はしていたつもりです。こんな私でも、優しくいられないときは来るんじゃないかって。でも…。優しさに守られてきた私だから…今度は誰かを守りたい」

「アインフィリア」

この5人に共通しているのは、文香いわく「自己の評価と、他者の評価」が「違う」こと。

そして各々、異なった“敵”と戦っています。それはまた各々の大切なものを“守る”ため。

その戦いに身を投じる時、最終的に真の敵となるのは自分自身の弱さなのかもしれません。

文香は女神としての美しさをこう定義します。

“外見だけでなく、気品や立ち居振る舞いふくめた総合的な完成度”。

ありすはこう述べます。

“女神には優しさも大事です” “気高いだけでも、かっこいいだけでも、ダメなんです”

つまりこの楽曲は、彼女達が行き着きたい場所へ向かうための強い意志を露わにする、誓いの歌なのかもしれません。

曲自体が本当にカッコいいので、誰がカバーしても嬉しいですし素敵ですが、原曲と物語として考えるならば、この楽曲は彼女達でこそあり得た楽曲であり、彼女達がこの楽曲と出会ったからこそ描かれた、5人各々の戦いとその気高さの物語だと感じています。

先日発表されたヴァルキュリアの衣装「ヴァルキュリア・オース」のコメントは、

未来を掴みとるための、戦いのドレス。 

汚れなき純白の制服に身を包み、 

己が意志を高らかに歌う姿は、 

神話に謳われた戦乙女のよう。 

となっています。

そんな気高さ・美しさ・かっこよさを楽曲に落とし込んだ渡部チェルさんと、彼女達の一人の少女としての想いと輪郭を歌詞として紡いだ朝倉路さんは本当に凄まじいです…

「生存本能ヴァルキュリア」の背後にある世界設定

その上でそこまで完成されてる楽曲にじゃあどう服を着せる必要があるのか、と考えた時、「ヴァルキュリア」「女神」では絶対に外せない「北欧神話」と「ニーベルングの指環」から彼女達の姿を見てみることを選びました。

そもそも大変興味深いのは、ヴァルキュリアが登場する北欧神話というものは基本的にバッドエンドなのです。

端的に紹介すれば、

・喧嘩する

・世界ぜんぶ滅びる

・おわり

です。人間界が滅びて、後で神様が復活させてくれる、というような、キリスト教的なものでもありません。そもそも大喧嘩して最終戦争やっちゃったのがなんだか人間臭い神様の世界なので、最終戦争はガチで最終戦争です。

また、北欧神話を題材にした代表的なオペラ「ニーベルングの指環」も、最後はヴァルキュリアの一人であるブリュンヒルデが世界を滅びに招いて終幕へと繋がっていきます。

このオペラを制作したワーグナーという作家はキリスト教文化の強かった当時の欧米の中では結構特殊な死生観を持っていたと評する人もいて、

・死ぬことは救い

・行き続けることは苦しみ

と考えていたとか、

・女性に救済される思想が強かった

とか、

・ドイツの自然崇拝主義の影響を受けていた

とか、なんだか色々ややこしい人だったようです。

「ヴァルキュリア」とは?「北欧神話」とは?

ではそもそもヴァルキュリアとはどんな存在だったのでしょうか。

ゲーム内では文香が解説してくれていますが、彼らは死者の魂を司る神で、特に戦士の魂を扱う神です。

地上で勇敢に戦った戦士の魂を拾い上げ、天界<ヴァルハラ>に導き、そこで日中は戦闘訓練、夜間は宴会という、戦士にとっての天国のような生活を送ります。

時には戦争の戦局自体を左右したり、共に戦ったりすることもあるといい、いわゆる戦場の女神として戦士たちを導く存在と見られてきました。

とはいえ、その存在は作品の中でもいろいろ差があります。

北欧神話の原典とも言えるのは「古エッダ」と呼ばれる詩集です。キリスト教でいえば聖書のようなものでしょうか。

これらは北欧の各民族が歌い語り伝えてきた物語を集めたもので、9世紀から13世紀ごろに古ノルド語で書かれました。

それらを元に様々な作品が作られましたが、そのうちの一つで、現代の北欧神話のイメージの代表的なものが、リヒャルト・ワーグナーが制作したオペラ「ニーベルングの指環」です。

これは1848年から1874年という多大な年月をかけて制作され、オペラ自体もなんと4日間、およそ15時間かかるという桁外れな大作です。そもそも、自分のやりたい表現が従来の方法じゃできない、と言って当時の王国の王にお金を出させて専用劇場を作ったうえ、オペラなんて小さいものじゃない、これは祝祭だと位置づけるほどのものでした。

そんなわけのわからない大作の中に、「Die Walkure」つまり「ワルキューレ」、ヴァルキュリアというタイトルが出てきます。

現代の“戦乙女”のイメージは、このワーグナーのヴァルキュリアから来ていると言われています。

そもそも北欧神話が難解なうえに、ワーグナーさんも相当ややこしい人なので、ごくごくシンプルに物語を説明すると、

・北欧神話の神々、巨人たち、人間たちが存在する

・神々の世界のボスは「オーディン」(ドイツ語読みだとヴォータン)。

・オーディンの娘が「ヴァルキュリア」で、12人いる(作品によっては8人とかいろいろ)

・オーディンは占い師やってる別の神さまから「最終戦争が起きて世界が滅びるぞ」と謎の預言をされてビビる

・その最終戦争に備えて戦士を確保するため、人間界で勇敢に戦って死んだ戦士の魂をリサイクルして自分の軍隊にスカウトする役目を娘たちに与える。それが「ヴァルキュリア」。

・彼女達は人間界に赴いては、勇敢に戦って死んだ戦士の魂を天界につれてきて、日中はノーダメージの戦闘訓練をさせ、夜は自分たちがお酌して宴会を開く

・そんな中、オーディンは巨人族に作らせていた自分の城が完成したと聴く。だが予定してた報酬が渡せなくて困る。

・ところかわって、ライン川というところで、3人の乙女たちが“世界を支配できる力を持つ”黄金を守っている。

・その乙女たちのストーカー男「アルベリヒ」が色々あってそれを強奪し、黄金を指環に変えて地下世界を支配する。

・ところかわってオーディンさん。巨人族への報酬支払いに困って、とんでもないことを思いつく。「地下世界のあの指環を俺が奪って、巨人族への支払いにあてたらいいんじゃね」

・地下世界で指環の力を使ってウハウハだったアルベリヒさんからオーディンさんは指環を強奪。

・当たり前だけどアルベリヒさんガチギレして、指環に呪いをかける

・オーディンさんはそんなの知ったこっちゃないと、奪った指環を巨人族へ自分の支払い代金として渡す

・巨人族、指環についてたアルベリヒさんの呪いで殺し合う…

・オーディンさん「こえー、俺んとこに無くてよかった」

・そんな中、オーディンさんの奥さんであり結婚の守護女神である「フリッカ」さんは、とある兄妹カップルをみつける。そのカップルの妹のほうはそもそも旦那さんがいたので、フリッカさんはそりゃいかんと夫であるオーディンさんを後押ししてこのカップルの旦那の方を殺させようとする。

・オーディンさんは娘でありヴァルキュリアの一人である「ブリュンヒルデ」に命じて遣わすが、ブリュンヒルデさんは同情してしまって、2人を守ろうとする。が、失敗してカップルの男(兄)の方は死んでしまう。

・オーディンさんは娘の裏切りにぶち切れて、ブリュンヒルデの神性を奪う。ビビるブリュンヒルデ。その様子に親心をとりもどしたのか、オーディンさんは「人間界の岩山で眠りにつきなさい、いつかお前の眠りを覚ませる勇敢な男が訪れたとき、再び起き上がれるだろう」といって、彼女を眠らせ、生半可な男が彼女を襲わないように英雄だけが越えられる炎で眠っている彼女の周りを覆う。ディズニーの白雪姫か。

・だいぶ月日が流れたころ、とある勇敢な男「ジークフリート」がブリュンヒルデの元を訪れ、彼女にキスして彼女を目覚めさせる。なんと彼はブリュンヒルデが助けたあの兄妹カップルの子供だった。彼女達は「誓い」を立てる。

・いちゃいちゃしてた2人だったが、もともと英雄節のジークフリートくん、ちょっと武勲をたててくると出かける。ブリュンヒルデは帰りを待つ。……が。

・旅先でジークフリートくんはブリュンヒルデを狙う一族「ギーヒビ家」の陰謀に遭い、記憶を忘れる薬を飲まされてブリュンヒルデと結婚していたことを忘れ、ギーヒビ家の娘「グートルーネ」に夢中にさせられてしまう。ギーヒビ家はブリュンヒルデを手に入れたいが、例の”炎”を越えられない。それでジークフリートに、グートルーネと引き換えにブリュンヒルデを連れてきてギーヒビ家の男と結婚させる策略をたてる。

・ジークフリートくん、そのとおりにしてしまう…愕然とするブリュンヒルデさん。

・ブリュンヒルデさん、ジークフリートくんに復讐するも、それが陰謀であったことを後に知る。

・ブリュンヒルデさん、手に入れた指環を元々の持ち主であったラインの乙女たちに返し、自分はジークフリートくんの亡骸を燃え上がらせ、その中に飛び込んで炎を増し加え、天上にまで達して神々と勇士たちがいる天界も含めて世界全てを炎上させる。Wikiいわく「『愛の救済の動機』による終結」。

これって……救済なの? って感じではありますが、そもそも死生観が普通のものと少し異なることと、実際に原作を見てはじめて感じられる機微のようなものもありますので、とりあえずそういうものだと思っていただければ……。

実際、ワーグナーによるこのオペラでなくとも、原典にあたる古エッダにおいてさえ、ヴァルキュリアの活躍はいまいち光の目をみません。

そもそもヴァルキュリアが集め入れた勇敢な戦士達の魂による軍団ーアインフィリアーも、ろくに活躍すらすることなく、最終戦争ー神々の黄昏<ラグナロック>ーで世界ごとすべて滅びています…

北欧神話の世界設定に付け加えられた「生存本能」

さて、ここまで記述しておいてなんですがお伝えしたいことは1行です。

そもそもヴァルキュリアというものが存在する作品自体が、結末はバッドエンドです。

派生した作品群や解釈によっては、「全てが滅びた後に、残されたもので新たに世界はスタートする」という考え方も確かにあります。

が、とりあえず一度滅びているのは確かです。

そんな世界観を題材にしつつ、その名前の戦闘に「生存本能」というワードを冠したこの作品。

私にとってはこれが、良い意味で本当に美しい皮肉に聴こえて、ぞくぞくしました。

アイドルである彼女達は確かにヴァルキュリアとしての役割を持っています。

・ファンを導いていく存在

・同じアイドル達の仲間の道筋を導いていく存在

でもその先には必ず未来があるのです。

生き残りたい、未来を掴みたい。

『生き残れ』『未来を見ているの いつでも』『この手で掴みたい未来があるの』

どうして彼女達はそれを願うのでしょうか。

それは、

『共に行きたいから』。

では誰と共に行くのでしょうか。

これに関しては記述を控えさせていただきますが、もし直接お会いする機会があれば、お話することができるかもしれません。

書き終わらなかったので、第二弾に続きます。
もうしばしお待ち下さい。

最上 凛
@bestring

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